3.5. 溶融塩原子炉の安全性について

1。はじめに
 燃料塩は常圧で、空気や水と反応せず、照射損傷を全く受けません。 燃料塩が一次系全体を循環していますが、単純な容器・配管壁構造で護られ、漏洩の機会は殆どありません。漏洩しても、塩は受け皿を介してドレインタンクに収納されるだけです。燃料が抜けて喪失すれば炉反応は停止し、再臨界事故は有りえません。炉心熔融事故も不可能(黒鉛の融点は四千度)です。
 塩が凝固(融点500℃)すれば、水に不溶で安定なガラス固化体自身となります。環境に放出され易い放射性物質のクリプトン、キセノン およびトリチウムは常時除去されているので、環境放出は最少限に押さえられます。少なくも、Chernobyl災害の様な過酷事故は原理的に起きえない(ほとんど唯一の)原発です。軍事攻撃・テロ破壊活動にたいしても、最も安全な炉と云えます。

溶融塩炉は以下にのべることから、非常に安全性が高く、特に実質的な過酷事故の発生がない原子炉であることが見込まれます。

溶融塩の流れる一次系、二次系は非常に低い圧力(5気圧程度)であり、溶融塩の漏洩や、系の破壊といった高圧に伴う事故の危険性がない。
溶融塩は化学的に安定で、かつ不燃性である為、火災の危険性がない。
燃料塩の沸点は約1400℃と通常運転温度(約700℃)に比べ十分高く、また、 蒸気圧も低い為、一次系の圧力の異常な上昇はない。さらに、一次系近傍には水が ない為、水蒸気発生による格納容器内の圧力上昇は起らない。
燃料塩は黒鉛が適切な割合で存在する時のみ臨界となっている。従って、事故時等 に炉心からドレインタンクへ排出された燃料塩が再臨界事故を起すことはない
溶融塩炉は、燃料塩の温度係数が負の大きな値であり、原子炉出力の異常な変動を抑えることができる。なお、黒鉛自身の温度係数は正であるが、黒鉛の熱容量が大きく、黒鉛の温度上昇はゆっくりしたものであり、十分に制御できる。
核分裂生成物のうちガス成分は燃料塩から分離して除去することができるので、炉内の放射能が流出する危険性をへらすことができる。
燃料濃度は必要に応じ調整できるので、余剰反応度及び必要である制御棒反応度が小さくてすみ、制御棒による反応度変化が小さい。
U233 の遅発中性子の割合はU235 に比べ小さく、また、遅発中性子のうち約半分は炉外で発生する為、実質的な遅発中性子割合が小さい。しかし、燃料塩の温度係数は負の大きい値であるため、十分に制御できる


2.溶融塩炉の安全確保の考え方

2.1 はじめに
 原子炉施設の安全性を確保するに当たっての考え方は、軽水炉、高速炉、溶融塩炉を問わず共通である。その考え方を最初に整理しておく。
 原子炉施設では、放射性物質を環境へ放出させないことが何よりも重要である。その為には、炉心を損傷させないよう、いつでも原子炉を停止でき、その後引き続き発生する崩壊熱を除去でき、そしてこれらの放射性物質を格納できることが必要である。
即ち、安全対策上からは、以下に述べる「止める」「冷やす」「閉じこめる」という三つの安全機能の確保が最も重要である。(Ref.1)

原子炉停止機能 核分裂を停止させ、エネルギー発生を終息させる。
原子炉冷却機能 燃料の健全性を確保し、放射性物質の放出を防止する。
事故時の放射性物質の格納機能 万一、大きな事故になった場合に、周辺への放射性物質の放散を抑制する。


 これらの三つの安全機能を基盤として、原子炉施設の更に高い安全性を実現するために「多重防護」(Defense in Depth、深層防護とも云う)という思想が採用されている。具体的には、以下の三つのレベルの考え方を設計に取り入れることにより、高い安全性が実現されている。

レベルー1 運転中の異常発生防止 安全上重要な機器の異常の発生を防止できるよう、設計・製造・保守等の点で、機器の信頼性を十分高くする。
レベルー2 異常の拡大防止 異常の早期発見と、プラント固有の安全性や原子炉停止系などの設備により、異常の拡大を防止する。
レベルー3 放射性物質の異常放出防止 万一大きな事故になった場合にも、格納容器やECCSの設置により、放射性物質の異常な放出を防止し、環境への放射能による影響を抑制する。

 溶融塩炉における多重防護の思想は軽水炉と同じであるべきで、ここではこれ以上触れない。以下に、原子炉施設の重要な安全機能である原子炉停止機能、炉心冷却機能、放射性物質格納機能について説明する。

2.2 原子炉停止機能
 そもそも、全ての原子炉は固有の安全性を持つ必要があり、出力係数を負とすることで炉心出力の変化が自然に抑制される設計を基本としている。溶融塩炉においても、燃料塩温度係数が負で大きいため、この条件が満たされている。
 しかし、万一の場合に原子炉を確実に停止するために、原子炉停止系には高度の信頼性が必要である。即ち、軽水炉の安全審査指針では原子炉停止系に関し、二つの独立した系を設けることを要求していて、その内の一系統は急速な炉停止(スクラム)機能を持つこと、とされている。このため、軽水炉では制御棒とホウ酸注入系という原理の異なるふたつの炉停止系を有している。
 一方、溶融塩炉では急速な炉停止には炉停止用制御棒を使用し、独立したもう一系統としては燃料塩ドレインシステムを用いることが考えられている。溶融塩炉は余剰反応度が小さいため、制御棒の数が少なくて済む。また、制御棒直径も太く、重力による落下方式なので、信頼性は高いと思われる。なお、炉停止用制御棒はBWRと同様にB4Cなどの中性子吸収体を使用した制御棒が考えられる。一方、出力微調整用には黒鉛を使用した制御棒が考えられており、これについてはこの節の最後に述べる。
 一方、ドレインシステムは配管破断時などにも有効であるので、いずれにせよ必要である。燃料塩は凝固弁(フリーズバルブ)を通して、重力によりドレインタンクへ落下する仕組みであり、機械的機構が簡単であるので信頼性は高い。また、凝固弁の作動は時間的にゆっくりしたものと思われるが、急速な対応が必要な事象ではないため、特に問題はないと考えられる。なお、ドレインタンクでは減速材がないので、再臨界は起こり得ない。
 更に、燃料濃度調整設備を設置して、燃料濃度を調整して原子炉を停止することも可能である。即ち、核分裂物質であるU233を除去するか、あるいは中性子吸収物質であるThを添加することにより原子炉を停止する案である。ThがU233になるためには時間が必要であり、ここでは中性子吸収物質としての役割が期待できる。どんな設計であれ、Thの添加は必要であり、何らかの燃料濃度調整設備を持つことになるので、第三の手段として利用することが考えられる。なお、第2停止系や第3停止系は急速な炉停止が要求されないので、時間的対応性は特に問題はないと考えられる。      

             原子炉停止機能の比較

要求機能 軽水炉 溶融塩炉 溶融塩炉に対する検討
高速停止(スクラム) 制御棒 制御棒 少数本で十分(信頼性高い)
第2停止系 ほう酸注入系 燃料塩ドレイン 燃料塩ドレインすれば再臨界なし
その他 ----- 燃料濃度調整設備 第3の系統として利用


,2.3 黒鉛制御棒
 なお、溶融塩炉(MSBR設計案)では、出力微調整用に、黒鉛でできた制御棒を用いる。上記のスクラム用制御棒とは逆に、炉心に挿入すると燃料が排除され、減速材である黒鉛が炉内に投入され、核分裂反応が促進されるため、反応度が僅かに増加する。微調整用なので、電動機によって、ゆっくりと引き抜き・挿入が行なわれ、また、反応度変化は小さく、ゆっくりとしたものである。
黒鉛の比重は熔融塩より低く、炉心へ押し込むのに電力を必要とする。逆に、電力がなくなると浮き上がる方向、つまり、原子炉から上へ抜け出る方向である。電動機制御なので、抜け出ることはないが、方向としては、核分裂を抑える方向であり、フェールセーフ(故障しても安全)という設計になっている。

2.4 原子炉冷却機能
 軽水炉などの固体燃料炉では、原子炉停止後の崩壊熱を除去しなければ、燃料が破損し、炉心に重大な損傷を与える。特に配管破断時など冷却材が喪失するような場合に、原子炉冷却機能としてのECCS及び崩壊熱除去系は高い信頼性を有することが必要である。
 一方、溶融塩炉では、溶融塩の圧力が5気圧程度と低く、また水分も存在しないことから、配管破断の可能性は非常に低く、配管破断による燃料塩喪失事故を想定する必要はないと考えられる。従ってECCSは不要である。この考え方は高速炉(もんじゅ)と同じである。なお、溶融塩炉では、万一、配管破断が生じて燃料塩喪失が起こっても、ドレイン系で対処できる。ドレイン系に崩壊熱除去系が必要なことは云うまでもない。
 なお、溶融塩炉は炉心の圧力損失が小さいので、全ポンプ停止時に自然循環が期待できると思われるが、今後詳細な評価が必要である。もしも自然循環が期待できない場合、あるいは、タービン系が隔離されて二次系を通した冷却が不可能な場合に備え、崩壊熱除去系が必要である。なお、崩壊熱除去系は一次系と同様に溶融塩を使用し、最終的には空気冷却などにより放熱をはかるシステムが考えられる。また、全交流電源喪失(ステーション・ブラック・アウト)時のような過酷事故時に長期に耐える為にも、高速炉で考えられているような静的な空気冷却器を備えた崩壊熱除去系が望ましい。

           非常時炉心冷却機能の比較

要求機能 軽水炉 溶融塩炉 溶融塩炉に対する検討
冷却水補給 ECCS 不要 万一はドレインで対応
除熱 崩壊熱除去系 崩壊熱除去系 本来不要だが、過酷事故対策のため設置


2.5 事故時の放射性物質の格納機能
 万一事故が発生した場合にも、放射性物質の放出をできるだけ抑制し、敷地周辺の公衆への放射線被曝を実際上可能な限り少なくすることが必要である。このために軽水炉では五重の防壁といわれるものが設置されている。具体的には、燃料ペレット、燃料被覆管、圧力容器と配管、格納容器、原子炉建屋がこれに当たる。
 溶融塩炉の場合は、液体燃料であるため、最初の二つに当たるものが存在しない。しかし、燃料塩中のガス状FP(キセノン・クリプトン等)は、炉内にヘリウムガスを循環させる方法により、常に除去されており、元々、ガス状FPによる被曝の危険性が少ない。配管破断の危険性が非常に少ないことは前に述べたとおりである。従って、最初の二つの防壁がないことに対しては、軽水炉以上の優れた安全性を有していると考えられる。
 MSBRの設計例では、原子炉などは個別の高温格納室で囲み、原子炉系全体を格納容器(原子炉建屋を兼ねている)で覆う設計としている。これらは基本的に軽水炉と同等である。なお、原子炉一次系では水が存在しないため、格納容器内の圧力が上昇して格納容器の健全性をおびやかす可能性が殆どない点が優れている。

         放射性物質格納機能の比較

防壁番号 軽水炉 溶融塩炉 溶融塩炉に対する検討
ペレット     なし(液体燃料の為) LOCAなし。気体FPは常に除去
被覆管  なし 上記理由により軽水炉と同等以上の安全性
圧力容器配管など     圧力容器配管など 軽水炉と同等以上(圧力低い)
格納容器  高温格納室 蒸気発生の危険性なし可燃性ガスの発生なし
原子炉建屋  原子炉建屋  上記理由により軽水炉と同等以上の安全性


3. 設計想定事故
 溶融塩炉の安全性について、いわゆる事故(DBA:Design Basis Accident:設計想定事故)と、DBAを越える事象としての過酷事故とについて、分けて考える。なお、DBAをDBE(設計想定事象)とも云うが、ここではDBAに統一する。
 現在の国内での原子炉安全審査指針では、事故解析としてDBAを想定して原子炉を設計すれば十分であるが、将来、過酷事故についても想定する必要性が生じると思われる。過酷事故については4節で説明する。DBAとしては、初期事象として、ポンプ等の動的機器の単一故障(或いは単一誤操作)によるものと、配管等の静的機器の破損を起因とする事象とがある。
 前者の動的機器を起因とする事故としては、(1)「燃料塩流量減少事故」(つまり、除熱不全となる事故)と、(2)「反応度事故」(つまり、出力が増加する事故)等とに分けられる。
 後者の静的機器に起因する事故の代表例としては、いわゆるLOCA(Loss Of
Coolant Accident)で、溶融塩炉の場合は配管破損による(3)「燃料塩喪失事故」ということになる。またその他、(4)「熱交換器の伝熱管破損事故」、(5)「蒸気発生器の伝熱管破損事故」、(6)「オフガス系統の破損事故」などがある。

(1) 燃料塩流量減少事故
 PWRのDBAでは、流量減少事故として一次系ポンプの全数停止を仮定するが、スクラムにより原子炉は停止するとしている。
 溶融塩炉においても、「適切なスクラム系を設置すれば、一次系ポンプの全数停止事故時にも問題ない」との判断が示されている(Ref.2)。具体的にはPWRと同様に、スクラム時には炉心上部から重力で落下する方式が考えられる。

(2) 反応度事故
 溶融塩炉のβ(遅発中性子割合)は0.1%△Kと、軽水炉の1/5であるので、投入反応度が小さくても、結果が厳しくなる可能性がある。(U233 自身のβが元々0.26%△Kと小さい上に、半分程度が炉外へ流出して失われるためである。)
 溶融塩炉の制御棒は運転中は炉心外へ引き抜いておくので、誤引き抜きは起こらない。また、出力微調整用の黒鉛制御棒の場合は、1本の制御棒反応度は極めて小さいと思われるので、誤挿入による出力上昇は小さい。
反応度事故として最も大きい反応度投入が予想されるのは、冷ループ誤起動事故であろう。具体的には停止していたポンプが起動し、温度の低い溶融塩が炉心に入り、中性子吸収効果(ドップラ効果)が小さくなるために、正の温度反応度が投入される事故である。但し、100℃の燃料塩温度低下で投入される反応度は0.3%△Kであるので、3ドル程度の反応度事故となるが、十分に負で大きい燃料塩温度係数と制御棒によるスクラムにより、燃料塩温度はある程度上昇するものの、事象は終息する。なお、溶融塩炉の即発中性子寿命は軽水炉の10倍程度と大きいため、即発性の事象に対しては出力上昇が緩やかになっていることも寄与していると思われる。

(3) 燃料塩喪失事故
 元々、溶融塩炉では溶融塩の圧力が5気圧程度と低く、また水分も存在しないことから、配管破断の可能性は非常に低く、配管破断による燃料塩喪失事故を想定する必要はないと考えられる。配管などからの微少な漏洩に対してはドレインへの回収で対応できる。なお、過酷事故としての配管破断を考慮する場合の結果については、4節で述べる。

(4)HXの伝熱管破損事故
 HX(熱交換器)の伝熱管破損により、一次系と二次系の塩が混合すると、二次側の圧力が高いため、二次塩の中のボロンが炉心側へ入り、原子炉は停止する。

(5)SGの伝熱管破損事故
 SG(蒸気発生器)の伝熱管破損事故により、250気圧の水蒸気が管内から二次塩に流出した場合の影響について、評価する必要がある。但し、Naの場合と違い、溶融塩は化学的な爆発反応を起こさない、といわれている。従って、一次系まで影響しないと思われる。

(6)オフガス系統の破損事故
 溶融塩炉はガス状FPを一次系から常に除去しているため、オフガス系(気体廃棄物処理施設)には常に大量の放射性ガスが蓄積されることになる。また、FPの他に、燃料塩の中のLi(リチウム)から、T(トリチウム)が発生し、これもオフガスとして回収される。なお、Tの量は軽水炉より多いが、重水炉と同程度であるので、技術的取り扱いは可能であろう。また、定量的な検討については別途示す。
いずれにせよ、オフガス系の破損事故への対策が必要であるが、原子炉本体と違い、静的施設であるので、対応はそれほど困難ではないであろう。

(7)燃料塩調整設備の誤操作
 溶融塩炉固有の設備として、核分裂性物質やThを補給するための設備があるが、この設備で大量の核分裂性物質が投入されないように設計する必要がある。通常、この設備から炉心への流入量は炉内インベントリに比べ少なく、急激な反応度投入は起こり得ない。

 以上、DBAとして7項目を検討したが、原子炉施設の立地審査指針上の仮想事故としては、(3)の燃料塩喪失事故より、(6)のオフガス系の破損事故を選定する必要があるかも知れない。軽水炉では仮想事故としてLOCA(冷却材喪失事故)およびMSLBA(主蒸気管破断事故)を選定しているが、溶融塩炉では(3)の燃料塩喪失事故の場合でも、ガス状FPが常に回収されているため、原子炉施設外への放射能の放出は少ないと考えられる。一方、回収されたガス状のFPが集積されているオフガス系統の破損事故は、原子炉施設外への放出としては厳しくなる事が考えられる。従って、ガス状のFPを安全に保持するオフガス系の設計が必要である。

4. 過酷事故

 溶融塩炉の安全性のうち、DBAを越える事象としての過酷事故について考える。現在の国内での原子炉安全審査指針では、事故解析としてDBAを想定して原子炉を設計すれば十分であるが、将来、過酷事故についても想定する必要性が生じると思われる。以下に、DBAの検討で主要な事故であった(1)燃料塩流量減少事故、(2)反応度事故、(3)燃料塩喪失事故、について検討する。

(1) 燃料塩流量減少事故
 溶融塩炉において、一次系ポンプの全数停止事故時に、過酷事故として、更にスクラム失敗や二次系ポンプの停止などを仮定すると、最終的に炉心溶融や圧力容器/格納容器の破損に至る可能性がある。
まず、過酷事故としてスクラム失敗を仮定する。
@ポンプ停止(流量減少)、スクラム失敗
     ↓
A燃料塩温度上昇───────────┐
     ↓                        │
B負の反応度投入                  │
     ↓                       │
C中性子束(出力)減少              ├───→バランスした温度に整定
     ↓                       │
D燃料塩温度低下───────────┘

 Ref.2の計算では、二次系(もしくは補助冷却系)が作動するとしているので、燃料塩入口温度は一定となっている。炉心での温度上昇を△Tとすれば、およそ △TはP/Wに比例するので、W(流量)が定格値から1/10になることによる温度上昇(反応度減少)と、P(出力)が定格値から 1/10になることによる温度減少(反応度増加)とがバランスする事になる。従って、図1 のような流量制御曲線(PとWとの関係を示す曲線)が描ける。この曲線に従って、溶融塩炉のポンプ速度を変えて流量を変化させれば、出力を変化させる事ができることになる。(Ref.3)

図.1 流量制御曲線

 なお、この曲線はBWRの流量制御曲線と同様であり、BWRでは大きな負のボイド反応度係数を利用しているのに対し、溶融塩炉では燃料塩の温度係数を利用している事になる。いずれにせよ、溶融塩炉では制御棒操作無しで、大幅な出力変動が可能であり、これも溶融塩炉の特長の一つである。
 但し、逆にポンプの誤起動時には低い温度の燃料塩が流入し、正の反応度が投入されるので、評価が必要である。これは軽水炉での、いわゆる「冷ループ誤起動」事象に当たる。これについては後で述べる。
 なお、BWRの場合で考えると、本来、流量制御曲線の上ではボイド率一定のはずだが、出力低下に見合った正の反応度(ドップラ反応度)が加わるので、少しだけボイドが多い状態でバランスしている。
 溶融塩炉の場合も流量制御曲線上では温度一定のはずだが、流量減少により、炉心外へ持ち去られていた遅発中性子先行核が炉心部に滞留し、炉心部での遅発中性子が増えて、正の反応度が加わる効果がある。この効果が0.1%△K(即ち、1ドル)程度だとすれば、以下に示すように、この反応度に見合う分、即ち100℃程度、燃料塩温度が増加しているものと考えられる。
 なお、燃料塩自身の温度係数は−3X10−5(△K/K/℃)程度であるが、黒鉛の温度係数が+2X10−5程度であるので、時間的にゆっくりした事象についての温度係数は−1X10−5程度である。即ち、100℃で0.1%△K程度である。

 具体的な解析結果について、Ref.2では、「全ポンプ停止時に流量はゼロになる、と仮定した解析によれば、10秒程度で10%程度の出力に低下する。これは出口温度が700℃から900℃に上昇するので、燃料塩の温度係数による負の反応度が入るためである。」と述べている。(Ref.2,図.2参照)

Ref.2,図.2  燃料塩流量減少事故


この後、温度反応度効果により出力は低下し続け、最後はゼロ出力となり、それまでの発熱が積算された温度で原子炉は停止するはずである。
 なお、Ref.2では考慮されていないが、実際には崩壊熱があるので、原子炉が停止後もしも除熱がないと、燃料塩温度は上昇し続ける。即ち、もし、一次系、二次系の流量が完全に停止したと仮定すると、崩壊熱により、燃料塩の温度は上昇し続け、ハステロイーNのクリープ限界温度(930度)、更には融点(1370度)に達し、炉容器あるいは配管の破損に至る可能性がある。
しかし、一次燃料塩は高温格納室の中で循環するので、ヘッドが小さいが、一方、圧力損失も小さく、多少の自然循環が期待できると考えられる。また、二次系についても十分な高さをとれば、自然循環が期待できるので、二次系ポンプ停止事故にも対応できる。各系統が自然循環すれば、炉心の熱は外部に排出できる。
従って、過酷事故としての一次系/二次系ポンプ停止まで仮定しても、十分に安全である、と考えられる。

 なお、流量減少に至る他のシナリオとしては、異物による流路閉塞がある。これについては、学会の報告書で触れられていて、「沸騰温度まで至れば、正のボイド係数の問題があるが、減速材の黒鉛間の燃料塩の流路(チャンネル)は数百チャンネルあり、このうち、20チャンネルで同時にボイドが100%発生しても1ドル程度と小さく、更に燃料自身が無くなるという効果もあり、余り問題とはならないであろう。ただし、検討は必要」としている。(Ref.4)

(2) 反応度事故
 溶融塩炉のβ(遅発中性子割合)は0.1%△Kと、軽水炉の1/5であるので、投入反応度が小さくても、結果が厳しくなる可能性がある。
反応度事故として最も大きい反応度投入が予想されるのは、前出の、冷ループ誤起動事故であろう。この時は、正の温度反応度が投入されるが、100℃の燃料塩温度低下で 0.3%△Kであるので、3ドル程度の反応度事故となる。
Ref.5では、このシナリオは解析していないが、「ゼロ出力或いは全出力時に、3ドルの反応度投入を仮定し、更にスクラム失敗を仮定しても、燃料塩の負の温度係数が大きいので、燃料塩の最高温度は1200℃程度である。なお、炉容器の温度が燃料塩の温度と同じと仮定しても、ハステロイーNの融点(1370度)は越えていない。」と述べている(Ref.5,図.3 参照)。従って、反応度事故についても十分に安全である.

Ref.5,図.3  反応度事故


(3) 燃料塩喪失事故
 元々、溶融塩炉では溶融塩の圧力が5気圧程度と低く、また水分も存在しないことから、配管破断の可能性は非常に低く、配管破断による燃料塩喪失事故を想定する必要はないと考えられる。従って、ここでは、過酷事故としての評価を仮に行なったとした場合を想定する。
軽水炉でのDBAとしての事故解析では、配管破断などのLOCA(冷却材喪失事故)時にスクラムを仮定するが、過酷事故としてはスクラム失敗を仮定する。しかし、溶融塩炉では、この場合でも、破断部からの流出燃料塩は全てドレインで回収できる設計とすれば、問題ないと考えられる。
但し、過酷事故としては、さらにドレイン設備での冷却系の不作動も仮定するので、崩壊熱の長期冷却のため、自然放熱等を前提とした設計を検討する必要がある。この場合でも、燃料塩の融点以下になれば、燃料塩は固体となるので、いわゆるチャイナシンドロームは考えなくて良いであろう。
軽水炉で過酷事故として最悪のシナリオは、炉心溶融→圧力容器破損→格納容器破損→チャイナシンドローム/大量の放射能放出、というものである。
溶融塩炉の過酷事故シナリオとして、圧力バウンダリの破損により、燃料塩が流出する事は考える必要がある。しかし、自然放熱が可能なドレイン設備を設計すれば、格納容器の健全性は確保されるであろう。従って、溶融塩炉では、軽水炉のような格納容器破損→チャイナシンドローム/大量の放射能放出、という過酷事故シナリオは防止できると思われる。
また、燃料塩は適切な量の黒鉛のない所では、核分裂性物質の濃度が低いため、臨界になり得ないので、再臨界事故は発生しない。なお、格納容器内は窒素ガスなどを封入しており、水分はなく、減速材は炉心以外には存在しない。
 更に、溶融塩炉では気体FPは常に回収されているので、万一、放射能流出があっても、その量が少ない点も優れている。

(4)全電源喪失事故
 福島原発事故のように、全ての外部電源と非常用ディーゼル発電機が故障すると、全電源喪失事故となり、炉心の冷却ができなくなる。この場合は、炉心下部のフリーズバルブ(凍結弁)の凍結機能が停止して、弁が開放されし、燃料塩は下部のドレインタンクに重力で落下し、原子炉の核反応も停止する。
 ドレインタンクの熔融塩は、崩壊熱を出すので、ORNLが提示した100万KWeMSBR設計書(Ref.6)によれば、自然循環のフリーベループ、更に、蒸気冷却ループを経て、最終的に、クーリングタワーから、大気へ放熱される。これらは全て、電力を必要としない。また、冷却に海水を必要としない。従って、長期の電源喪失が起きても、安全に停止・冷却できる。


5. 黒鉛火災事故
 チェルノブイリ原子炉が黒鉛火災を起こしたことで、溶融塩炉も火災の可能性があるか、検討した。まず、黒鉛は原子炉級の密度が大きいもので、炭素から出来ているとはいえ、普通の炭のように燃えるわけではない。充分な酸素が煙突効果(下部から供給され上部へ抜ける効果)で供給されないと燃えない。さらに、熱源として、チェルノブイリ原子炉事故のように崩壊熱が加わらないと黒鉛は自分では燃えない。
@溶融塩炉の原子炉容器の外側は、窒素封入された格納容器で、仮に原子炉容器に孔が開いても、酸素は流入しない。
Aそもそも、原子炉容器が破れて、煙突効果が生じるときは、中の溶融塩はドレインタンクへ流入し、原子炉では熱源が存在しない。
以上より、溶融塩炉では黒鉛火災が起きる可能性はない。

6.まとめ

 本章では、最初に溶融塩炉の安全性の特徴を示した。また、安全確保の考え方を軽水炉と比較する形で整理した。即ち、原子炉停止機能・原子炉冷却機能・放射性物質格納機能について各々検討し、軽水炉と同程度以上の安全性が見込まれることを示した。また、溶融塩炉についての想定事故を検討した結果、十分に安全であると思われる。また、過酷事故についても検討した結果、実質的に過酷事故の発生が考えられない安全な原子炉であることが見込まれる。

────────────────────────────────────
引用文献:
(1) 松本他,「LWRとFBR、その類似と相違(#8)、安全性」,原子力工業,
    35,11,(1989)
(2) Shimazu,"Locked Rotor Accident Analysis in a Molten Salt Breeder
Reactor", J.Nucl.Sci.Tech,15,935,(1978)
(3) 私信,(1993/10)
(4) 「溶融塩増殖炉」研究専門委員会報告書, 原子力学会,(1981/4)
(5) Shimazu,"Nuclear Safety Analysis of a Molten Salt Breeder Reactor",
J.Nucl.Sci.Tech,15,514,(1978)。  
(6) ORNL-4541, 「Conceptual Design of a Single-fluid Molten-Salt Breeder Reactor」1971


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