「熔融塩炉の安全性について」

2011/3/4 吉岡

目次

1.熔融塩炉の安全性の特徴
2.熔融塩炉の安全確保の考え方

2.1 はじめに
2.2 原子炉停止機能

2.3 原子炉冷却機能
2.4 事故時の放射性物質の格納機能
2.5 沃素の問題
2.6 トリチウムの問題
2.7 温度係数
2.8  遅発中性子の問題
2.9 黒鉛火災の可能性

3.設計で想定すべき事象

4.設計想定事故

5.過酷事故

6.核拡散抵抗性

7.まとめ


1.熔融塩炉の安全性の特徴

  熔融塩炉は以下にのべるように、非常に安全性が高く、特に実質的な過酷事故の発生がないという特長がある原子炉である。

@熔融塩の流れる一次系、二次系は非常に低い圧力(5気圧程度)であり、熔融塩の漏洩や、系の破壊といった高圧に伴う事故の危険性がない。


A熔融塩は化学的に安定で、かつ不燃性である為、火災の危険性がない

B燃料塩は約500℃以上では液体で、構成原子は静電気的なイオン力のみによって結合しており、固体燃料のような照射損傷や燃料破損が起こらない。

C燃料塩の沸点は約1500℃と通常運転温度(約700℃)に比べ十分高く、また、蒸気圧も低い為、一次系の圧力の異常な上昇が起こらない。さらに、一次系近傍には水がない為、水蒸気発生による格納容器内の圧力上昇が起らない。

D燃料塩は黒鉛が適切な割合で存在する時のみ臨界となる。従って、事故時等に炉心からドレインタンクへ排出された燃料塩が再臨界事故を起すことはない。

E熔融塩炉は、燃料塩の温度係数が負の大きな値であり、原子炉出力の異常な変動を抑えることができる。なお、黒鉛自身の温度係数は正であるが、黒鉛の熱容量が大きく、黒鉛の温度上昇はゆっくりしたものであり、十分に制御できる。

F核分裂生成物のうちキセノン・クリプトンなどの気体成分は、燃料塩から分離して除去することができるので、事故時に炉内の放射能が流出する危険性をへらすことができる。

G燃料濃度は必要に応じ調整できるので、余剰反応度及び必要である制御棒反応度が小さくてすみ、制御棒による反応度変化が小さい。

HU233 の遅発中性子の割合はU235 に比べ小さく、また、遅発中性子のうち約半分は炉外で発生する為、実質的な遅発中性子割合が小さい。しかし、燃料塩の温度係数は負の大きい値であるため、十分に制御できる。

I黒鉛の火災危険性に関しては、黒鉛火災の2条件である酸素供給と外部熱供給が熔融塩炉には存在しない。即ち、一次系全体が窒素封入されており、一次系配管破断が起きても、酸素供給はなく、また、燃料塩はドレインタンクに排出されるので、熱源となり得ない。(詳細は、2.9節を参照)


2.熔融塩炉の安全確保の考え方

2.1 はじめに
 原子炉施設の安全性を確保するに当たっての考え方は、軽水炉、高速炉、熔融塩炉を問わず共通である。その考え方を最初に整理しておく。

 原子炉施設では、放射性物質を環境へ放出させないことが何よりも重要である。その為には、炉心を損傷させないよう、いつでも原子炉を停止でき、その後引き続き発生する崩壊熱を除去でき、そしてこれらの放射性物質を格納できることが必要である。
即ち、安全対策上からは、以下に述べる「止める」「冷やす」「閉じこめる」という三つの安全機能の確保が最も重要である。(「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針」などより)

(1)

原子炉停止機能

核分裂を停止させ、エネルギー発生を終息させる.

(2)

原子炉冷却機能

燃料の健全性を確保し、放射性物質の放出を防止する。

(3)

事故時の放射性物質の格納機能

万一、大きな事故になった場合に、周辺への放射性物質の放散を抑制する.

 これらの三つの安全機能を基盤として、原子炉施設のさらに高い安全性を実現するために「多重防護」(Defense in Depth、深層防護とも云う)という思想が採用されている。具体的には、以下の三つのレベルの考え方を設計に取り入れることにより、高い安全性が実現されている。

レベルー1

運転中の異常発生防止

安全上重要な機器の異常の発生を防止できるよう、設計・製造・保守等の点で、機器の信頼性を十分高くする。

レベルー2

異常の拡大防止

異常の早期発見と、プラント固有の安全性や原子炉停止系などの設備により、異常の拡大を防止する。

レベルー3

放射性物質の異常放出防止

万一大きな事故になった場合にも、格納容器やECCSの設置により、放射性物質の異常な放出を防止し、環境への放射能による影響を抑制する


 熔融塩炉における多重防護の思想は軽水炉と同じであるべきで、ここではこれ以上触れない。以下に、原子炉施設の重要な安全機能である原子炉停止機能、炉心冷却機能、放射性物質格納機能について説明する。

2.2 原子炉停止機能
 そもそも、全ての原子炉は固有の安全性を持つ必要があり、出力係数を負とすることで炉心出力の変化が自然に抑制される設計を基本としている。熔融塩炉においても、燃料塩温度係数が負で大きいため、この条件が満たされている。

 しかし、万一の場合に原子炉を確実に停止するために、原子炉停止系には高度の信頼性が必要である。即ち、軽水炉の安全審査指針では原子炉停止系に関し、二つの独立した系を設けることを要求していて、その内の一系統は急速な炉停止(スクラム)機能を持つこと、とされている。このため、軽水炉では制御棒とホウ酸注入系という原理の異なる二つの炉停止系を有している。

 一方、熔融塩炉では急速な炉停止には炉停止用制御棒を使用し、独立したもう一系統としては燃料塩ドレインシステムを用いることが考えられている。熔融塩炉は余剰反応度が小さいため、制御棒の数が少なくて済む。また、制御棒直径も太く、重力による落下方式なので、信頼性は高いと思われる。なお、炉停止用制御棒はBWRと同様にB4Cなどの中性子吸収体を使用した制御棒が考えられる。一方、出力微調整用には黒鉛を使用した制御棒が考えられており、これについてはこの節の最後に述べる。

 一方、ドレインシステムは配管破断時などにも有効であるので、いずれにせよ必要である。燃料塩は凝固弁(フリーズ弁)を通して、重力によりドレインタンクへ落下する仕組みであり、機械的機構が簡単であるので信頼性は高い。また、凝固弁の作動は時間的にゆっくりしたものと思われるが、急速な対応が必要な事象ではないため、特に問題はないと考えられる。なお、ドレインタンクでは減速材がないので、再臨界は起こり得ない。


 さらに、燃料濃度調整設備を設置して、燃料濃度を調整して原子炉を停止することも可能である。即ち、核分裂物質であるU233を除去するか、あるいは中性子吸収物質であるトリウム(Th)を添加することにより原子炉を停止する案である。ThがU233になるためには時間が必要であり、ここでは中性子吸収物質としての役割が期待できる。どんな設計であれ、Thの添加は必要であり、何らかの燃料濃度調整設備を持つことになるので、第三の手段として利用することが考えられる。なお、第2停止系や第3停止系は急速な炉停止が要求されないので、時間的対応性は特に問題はないと考えられる。


           原子炉停止機能の比較

要求機能

軽水炉 

熔融塩炉 

熔融塩炉に対する検討 

高速停止

(スクラム)

制御棒 

制御棒 

少数本で十分

(信頼性高い)

第2停止系

ほう酸注入系        

燃料塩ドレイン系          

燃料塩はドレインすれば再臨界なし   

その他

 -----

燃料濃度調整設備

第3の系統として利用 

 なお、熔融塩炉では、出力微調整用に、黒鉛でできた制御棒を用いることをORNLはMSBRで提案している。上記のスクラム用制御棒とは逆に、炉心に挿入すると燃料が排除され、減速材である黒鉛が炉内に投入され、核分裂反応が促進されるため、反応度が増加する。三田地らの解析によれば、1本の黒鉛制御棒挿入で約0.2%ΔKの反応度制御が可能であり、冗長性を考えると2本程度あれば、通常運転には十分と考えられる。

 その後、三田地らの研究により、原子炉出力の調整には、BWRで採用されている流量制御方式(Ref.1)、またはPWRで採用されている原子炉温度制御方式(Ref.2)のどちらも適用可能であることが分かった。解析例として、流量制御方式の場合を下図に示す。定格炉心流量を3/4に変更した場合に、定格出力(400MWt)も数十秒の内に3/4に追随していることが分かる。従って、今後、黒鉛制御棒を採用しないことも考えられ、その場合は、さらに炉構造が簡素化される。



2.3 原子炉冷却機能

 軽水炉などの固体燃料炉では、原子炉停止後の崩壊熱を除去しなければ、燃料が破損し、炉心に重大な損傷を与える。特に配管破断時など冷却材が喪失するような場合に、原子炉冷却機能としてのECCS(非常用炉心冷却系)及び崩壊熱除去系は高い信頼性を有することが必要である。

 一方、熔融塩炉では、熔融塩の圧力が5気圧程度と低く、また水分も存在しないことから、配管破断の可能性は非常に低く、配管破断による燃料塩喪失事故を想定する必要はないと考えられる。従ってECCSは不要である。この考え方は高速炉(もんじゅ)と同じである。なお、熔融塩炉では、万一、配管破断が生じて燃料塩喪失が起こっても、ドレイン系で対処できる。ドレインタンクに崩壊熱除去系が必要なことは云うまでもない。

 なお、熔融塩炉は炉心の圧力損失が小さいので、全ポンプ停止時に自然循環が期待できる。これについては、三田地らの研究により、全ポンプが停止しても二次系を通した自然循環冷却が可能であることが示されており、下図に炉心内および配管内の流速の推移を示す(Ref.3)。


 もしも自然循環が期待できない場合、例えば、タービン系が隔離されて二次系を通した冷却が不可能な場合に備え、一次系に崩壊熱除去系を設置するか、または、ドレイン系の作動により、ドレインするかを選択することになろう。なお、崩壊熱除去系は一次系と同様に熔融塩を使用し、最終的には空気冷却などにより放熱をはかるシステムが考えられる。また、全交流電源喪失(ステーション・ブラック・アウト)時のような過酷事故時に長期に耐える為にも、高速炉で考えられているような静的な空気冷却器を備えた崩壊熱除去系が望ましい。

           非常時炉心冷却機能の比較

要求機能

軽水炉

熔融塩炉

熔融塩炉に対する検討

冷却水補給

ECCS

不要 

万一はドレイン系で対応 

除熱  

崩壊熱除去系  

崩壊熱除去系  

本来不要だが、過酷事故対策のため設置 


2.4 事故時の放射性物質の格納機能

 万一事故が発生した場合にも、放射性物質の放出をできるだけ抑制し、敷地周辺の公衆への放射線被曝を実際上可能な限り少なくすることが必要である。このために軽水炉では五重の防壁といわれるものが設置されている。具体的には、燃料ペレット、燃料被覆管、圧力容器と配管、格納容器、原子炉建屋がこれに当たる。

 熔融塩炉の場合は、液体燃料であるため、最初の二つに当たるものが存在しない。しかし、燃料塩中のガス状FP(キセノン・クリプトン等のガス状の核分裂生成物)は、炉内にヘリウムガスを循環させる方法により、常に除去されており、元々、ガス状FPによる被曝の危険性が少ない(★)。また、配管破断の危険性が非常に少ないことは前に述べたとおりである。従って、最初の二つの防壁がないことに対しては、軽水炉以上の優れた安全性を有していると考えられる。
(★:除去されたガス状のFPは、チャコールベッドにより、90日程度、保持する設備となっており、放射能を十分に低減できる[Ref.4]。)


 MSBRの設計例では、原子炉などは個別の高温格納室で囲み、原子炉系全体を原子炉建屋で覆う設計としている。これらは基本的に軽水炉と同等である。なお、原子炉一次系では水が存在しないため、格納容器内の圧力が上昇して格納容器の健全性をおびやかす可能性が殆どない点が優れている。


         放射性物質格納機能の比較

防壁番号

軽水炉

熔融塩炉

熔融塩炉に対する検討

ペレット

なし

(液体燃料の為)

冷却材喪失事故なし

気体FPは常に除去

被覆管 

なし

上記理由により軽水炉と同等以上の安全性    

圧力容器

配管など

圧力容器

配管など

軽水炉と同等以上

(圧力低い) 

格納容器

高温格納室

(下記注★)

蒸気発生の危険性なし

可燃性ガスの発生なし  

原子炉建屋
(最上階は薄い)

原子炉建屋

(下記注★★)

上記理由により軽水炉と同等以上の安全性

★:ORNLが実施したMSBRの高温格納室設計では、厚さ2.5mのコンクリート構造で、内張りとして、5cm厚さのステンレスx2層を巻いている(Ref.4)。


 なお、MSBRにおける格納容器バウンダリ(赤色枠部分)を下図に示す。原子炉本体を含む一次系のほかに、フリーズ弁、ドレインタンクが含まれている(Ref.4)。

★★:原子炉系を格納する建物を、ORNLは「格納容器」と称していたが、実際にはこの建物はいわゆる「原子炉建屋」で、厚さ約1mのコンクリート構造で、内張りとして約1cm厚さの鋼板を巻いている(Ref.4)。

これらを合計すると、6層の防護壁があることになる。



2.5 沃素の問題
 軽水炉では事故時に沃素による被曝が問題になる。その理由は、沃素131(半減期8日)の核分裂収率は約3%で、沃素135(半減期7時間)の実効収率も6%と大きく、燃料中の沃素は約200度で気化するので、配管破断事故時に所外へ放出される危険性があるが、沃素は人体の甲状腺に吸着するので、体内被曝となるからである。

 ORNL文献(Ref.5)によると、MSREと炉外実験からのデータを元に、熔融塩内に生じた沃素の大部分(50〜75%)は負イオンになって熔融塩に熔解し、事故時にも熔融塩の外へ出て行くことはないとされている。一方、残り25〜50%の沃素のうち、大部分の沃素135は、金属テルル(Te)が崩壊してできるが、テルルが熔融塩に熔解しないので、沃素に崩壊した際に気体となる、とされている。従って、気体回収装置で回収可能と考えられている。以上より、事故時に沃素が原子炉外へ放出されることはない、と考えられる。

2.6 トリチウムの問題

 熔融塩炉では熔融塩中のLi-6の中性子吸収などにより、100万KWe級のプラントで2400Ci/日のトリチウム(3H)が発生する。この量は軽水炉の20〜50Ci/日よりかなり多いが、重水炉の3500〜6000Ci/日よりは少ない(Ref.4)。従って「ふげん」などの重水炉の経験で十分対応可能と考えられる。

 なお、PWRでは炉水に硼酸を注入していることにより、年間数百Ciのトリチウム放出がある。熔融塩炉でもこの程度に抑えるには1/1000の漏洩率にする必要がある。特に、トリチウムは軽い元素であるため、ハステロイなどの配管を透過しやすく、二次系や三次系まで混入する可能性も考えられる。

 しかし、本件に関しては、米国ORNLの熔融塩ループでの試験により、トリチウムは二次塩NaBF4ーNaFにトラップされ、98%がオフガスとして回収できる事が証明されている。さらに、水蒸気にさらされたSG内管に酸化被膜が生成され、トリチウムの透過率は1/500に低下する事が明らかになっている(Ref.4の追補1を参照)。以上の実験結果を基に評価すると、トリチウムの三次系への移行量は1年間で3Ci以下であり、トリチウムの問題は解決できると考えられる。

 なお、回収されたトリチウムは、3H2Oなどの水分子の形態であれば、液体の水としてタンクに貯蔵できる。また、3HF(弗酸)の形態であれば、中和などの方法で容易に固定化して貯蔵できる。


2.7 温度係数

 FUJIの温度反応度係数は、設計によって多少異なるが、島津らの計算では、下表の通りである(Ref.6)。下表に示す燃料塩の温度係数は、基本的にTh232のドップラー係数であり、燃料温度が上がると、中性子の共鳴吸収量の増加(ブロードニング)により、Th232への中性子共鳴吸収量が増加して、反応度が減少する効果である。反応度事故などの短時間の事象については、燃料塩の温度係数が支配するので、この値が重要である。

 一方、黒鉛の正の温度係数については、熔融塩の温度が上がり、それが黒鉛に熱伝達されて黒鉛温度はゆっくり上昇する。そして、黒鉛温度が上がると、黒鉛から熱中性子に熱エネルギーが供給され、熱中性子スペクトルが高エネルギー側にシフトし、反応度が増加する。その原因は、2eV付近のU233の核分裂が増加する為とされている。この効果は時間的にゆっくりしたものであり、後述の解析結果から明らかなように、オーバーシュート・アンダーシュートなどの異常な挙動は見られない。

FUJI-12炉心の例

燃料塩温度係数

-0.00295 (%Δk/K/℃)

黒鉛温度係数

+0.00130 (%Δk/K/℃)

 なお、上記のドップラー係数であるが、熔融塩炉だから負側で大きい、ということではなく、Thを使用していることによるものと考えられる。例えば、U235を使用した軽水炉燃料について、母材のU238を順次、Thに置き換えて評価した結果を下図に示す。U238の場合のドップラー係数約-2.3E-5が、Th量72%で約-4.2E-5と、8割程度、負側に大きくなっている(Ref.7)。


2.8 遅発中性子の問題

 MSRで用いているU233の遅発中性子割合(β)は、U235の1/2で、さらにその1/2が炉外を循環している間に失われるという特徴がある。一方、即発中性子寿命(l:筆記体Lの小文字)は、中性子吸収が小さい黒鉛を減速材としているために軽水炉の約10倍である。これらのパラメータが即発臨界事故にどのような影響があるかを考察する。

最初に、各種の核分裂性元素における遅発中性子割合(β)を以下の表に示す。

遅発中性子割合:β

U235

0.0065

U233(停止時)

0.0026

U233(運転時)

0.0013

Pu239

0.0021


@U233のβが小さい事の影響

遅発中性子一群の一点近似動特性による断熱モデル(炉心冷却なし)による計算式が、培風館「原子炉物理(P.184)」に示されている。

即発臨界事故のような短時間の事故では、遅発中性子の値は一定とできる。


上の結果より、βが小さい事は、中性子束の最高値(nmax)にも、熔融塩の最高温度(θsat)にも影響しないことが分かる。これらは主に印加反応度(ρ)と温度係数(α)の関係で決まるためである。

A即発中性子寿命の効果

即発中性子寿命(l)は軽水炉の約10倍なので、中性子束最高値(nmax)は1/10に減少する。一方、熔融塩最高温度は変化しない。

B炉外へ遅発中性子が流出する影響

 炉外へ燃料塩が循環する場合には、上記第2式は下記のようになる。

   

τは炉心通過時間で5秒程度、一方、λは0.1程度なので、上記第2式で崩壊定数λが実効的に大きくなったことになる。しかし、反応度事故(即発臨界事故)のような短時間の事象では、遅発中性子先行核密度Cは殆ど変化しないので、λが実効的に大きくなった影響は殆ど現れない。


C結論

 以上より、MSRの遅発中性子割合(β)が小さいことにより、即発臨界事故が厳しくなることはない。また、これらの特性は、詳細な計算コードにより、評価されている(5章参照)。そもそもMSRでは、余剰反応度が小さく、印加反応度が軽水炉より小さいので、この点からもMSRの臨界事故が厳しくなる要素はないと言える。同様の理由により、運転上からはβが小さいと臨界事故を起こしやすい、と云えるかも知れないが、制御棒反応度が小さいので、その機会が増えることはない。

2.9 黒鉛火災の可能性
 原子炉級黒鉛は、同じ炭素でも、練炭等とは全く違って、稠密(高密度)である。練炭は一度火かつくと、放っておいても燃える性質(自燃性)があるが、原子炉級黒鉛は高密度なので、外部から酸素供給と加熱を継続しないと燃えない。
熔融塩炉では、黒鉛火災の2条件である酸素供給と外部熱供給が存在しない。即ち、格納容器内が窒素封入されており、一次系配管破断が起きても酸素供給はなく、また、燃料塩はドレインタンクに排出されるので、加熱源となり得ない。
格納容器が破損した場合も、燃料塩はドレインタンクに排出されるので、加熱源となり得ない。上に書いたように、黒鉛は加熱源がないと、酸素があっても燃えない。
チェルノブイリ事故のように、原子炉級黒鉛を燃やすには、黒鉛を加熱しつつ、下部から酸素を流入させ、煙突効果(練炭の孔と同じ効果)を実現する必要がある。液体燃料炉では原子炉容器下部に穴が開くと、燃料塩が流出してしまい、煙突効果は実現できない。なお、流出した燃料塩は、非常用ドレインタンクに回収される。

なお、英国ウィンズケール原子炉の火災事故では、ウィグナー効果によって黒鉛に蓄積された歪エネルギーの解放失敗が事故の原因となった。ウィンズケール原子炉は空気冷却炉で、炉心出口温度180度と低いため、歪エネルギーが蓄積されたが、これ以降の黒鉛炉は、ウィグナー効果が生じないように出口温度約400℃以上で設計されている。なお、熔融塩炉は入口温度約560℃、出口温度約700℃なので、黒鉛のウィグナー効果は生じない。


3.設計で想定すべき事象

 原子炉の設計や安全審査で想定すべき事象は、下記の三つである。

事故時

「異常な過渡」を超える事象の時

但し、原子炉安全系は作動すると仮定。

異常な過渡時

原子炉寿命中に予想される過渡状態。

機器の単一故障・誤動作または運転員の単一誤操作により生じる状態の時。

通常運転時

出力運転時,停止時,起動時等

 なお、日本の安全審査の審査対象ではないが、熔融塩炉を世界展開する際に考慮すべき事象として、過酷事故(Severe Accident)がある。過酷事故とは、多重化された安全系が作動しないなどの厳しい仮定をした場合に、原子炉設計で想定すべき事故を大幅に越えて炉心崩壊に至る事故である。



 本論文では、主に、事故時(設計想定事故時)と、過酷事故時についてのみ、検討する。しかし、実用炉においては、異常過渡事象についても評価しなければならないので、ここで少し触れておく。

 異常過渡事象評価の目的は、燃料破損の防止と、圧力容器・配管の破損防止(軽水炉の場合、圧力上昇が制限値以下であること)である。しかし、熔融塩炉では、元々、燃料が熔融していて燃料破損が無いこと、さらに、原子炉圧力が上昇する可能性は殆ど無いので、軽水炉の判断基準を直接適用できない。結局、燃料塩の温度上昇による一次系金属材料の健全性への影響が評価基準となると考えられる(Ref.8)。

 一方、事故時の判断基準については、熔融塩炉では、後述のように、大量の放射能流出に至るような設計想定事故は有りそうには思えない。従って、何を判断基準にするかが、今後の課題である。

4.設計想定事故

 熔融塩炉の安全性について、いわゆる事故(DBA:Design Basis Accident:設計想定事故)と、DBAを越える事象としての過酷事故とについて、分けて考える。なお、DBAをDBE(設計想定事象)とも云うが、ここではDBAに統一する。

 現在の国内での原子炉安全審査指針では、事故解析としてDBAを想定して原子炉を設計すれば十分であるが、将来、過酷事故についても想定する必要性が生じると思われる。過酷事故については5章で説明する。

 まず、DBAとしては、初期事象として、ポンプ等の動的機器の単一故障(或いは単一誤操作)によるものと、配管等の静的機器の破損を起因とする事象とがある。

 前者の動的機器を起因とする事故としては、(1)「燃料塩流量減少事故」(つまり、除熱不全となる事故)と、(2)「反応度事故」(つまり、出力が増加する事故)等とに分けられる。

 後者の静的機器に起因する事故の代表例としては、いわゆるLOCA(Loss Of Coolant Accident:冷却材喪失事故)で、熔融塩炉の場合は配管破損による(3)「燃料塩喪失事故」ということになる。またその他、(4)「熱交換器の伝熱管破損事故」、(5)「蒸気発生器の伝熱管破損事故」、(6)「オフガス系統の破損事故」などがある。

(1)燃料塩流量減少事故

 PWRのDBAでは、流量減少事故として一次系ポンプの全数停止を仮定するが、事故時には制御棒のスクラム(緊急挿入)により原子炉は停止するとしている。

 熔融塩炉においても、適切なスクラム系(原子炉緊急停止系)を設置すれば、一次系ポンプの全数停止事故時にも問題ないと考えられる。具体的にはPWRと同様に、スクラム時には炉心上部から重力で制御棒が落下する方式が考えられる。DBAでは、ポンプ全数が停止する事故時には、制御棒によるスクラムや、自然循環による原子炉崩壊熱除去などが仮定できる。これらを仮定できない場合、即ち過酷事故については、第5章で述べる。

(2)反応度事故
 熔融塩炉のβ(遅発中性子割合)は0.13%と、軽水炉(U235燃料)の1/5であるので、投入反応度が小さくても、結果が厳しくなる可能性がある。これは、U233 自身のβが元々0.26%と小さい上に、半分程度が炉外へ流出して失われるためである。

 最初に、反応度事故の起因事象(事故のきっかけとなる事象)であるが、熔融塩炉の停止用制御棒は運転中は炉心外へ引き抜いておくので、誤引き抜きや、制御棒逸失は起こらない。仮に停止用制御棒が原子炉に挿入されていた場合でも、原子炉圧力が低いので、制御棒機構が破断しても、制御棒が重力に逆らって、炉外へ逸失する事故は起こらない。また、出力微調整用の黒鉛制御棒の場合は、熔融塩中では浮力に逆らって炉心へ挿入する外力が必要なので、制御棒落下事故はなく、また1本の黒鉛制御棒反応度は極めて小さいので、誤挿入による反応度事故の可能性はない。

 臨界接近時や長期の燃焼補償などのための燃料塩濃度調整設備の誤操作などに関しては、極めてゆっくりした反応度調整なので、反応度事故には至らない。

 反応度事故として最も大きい反応度投入が予想されるのは、冷ループ誤起動事故と思われる。具体的には、停止していたポンプが起動し、温度の低い熔融塩が炉心に入り、中性子吸収効果(ドップラー効果)が小さくなるために、正の温度反応度が投入される事故である。但し、熔融塩は約500℃以下では固化するので、通常運転温度からの低下は100℃程度であり、仮に100℃の燃料塩温度低下の場合、投入される反応度は約0.3%△Kであるので、1ドルを若干超えて反応度事故となる可能性があるが、十分に負で大きい燃料塩温度係数と制御棒によるスクラムにより、燃料塩温度はある程度上昇するものの、事象は終息する。なお、熔融塩炉の即発中性子寿命が軽水炉の10倍程度と大きいため、即発性の事象に対しては出力上昇が緩やかになっていることも寄与していると思われる。

(3)燃料塩喪失事故(配管破断事故)

 元々、熔融塩炉では熔融塩の圧力が5気圧程度と低く、また水分も存在しないことから、配管破断の可能性は非常に低く、配管破断による燃料塩喪失事故を想定する必要はないと考えられる。なお、上記の熔融塩の圧力(約5気圧)は、一次系ポンプの動圧によるもので、一次系を意図的に加圧している訳ではない。従って、事故発生の場合は、一次系ポンプを停止すれば、熔融塩の圧力は常圧(1気圧)に戻る。この状況は、高速炉でも同様で、配管破断は起きないとして、微小な漏洩事故のみを考慮することとなっている。熔融塩炉の場合、配管などからの微少な漏洩に対しては、ドレインタンクへの回収で対応できる。なお、過酷事故としての配管破断を考慮する場合の結果については、第5章で述べる。

(4)HXの伝熱管破損事故

 HX(熱交換器)の伝熱管破損により、一次系と二次系の塩が混合すると、二次側の圧力が高いため、二次塩(NaBF4-NaF)の中のボロンが炉心側へ入り、ボロンの中性子吸収効果により原子炉は停止する。なお、二次ループもハステロイNを使用するが、二次塩との共存性が良いことが分かっている。

(5)SGの伝熱管破損事故

 SG(蒸気発生器)の伝熱管破損事故により、250気圧の水蒸気が管内から二次塩に流出した場合の影響について、評価する必要がある。但し、Naの場合と違い、熔融塩は化学的な爆発反応を起こさない、といわれている。従って、一次系まで影響しないと思われる。

(6)オフガス系統の破損事故

 熔融塩炉はガス状FPを一次系から常に除去しているため、オフガス系(気体廃棄物処理施設)には常に大量の放射性ガスが蓄積されることになる。また、FPの他に、燃料塩の中のLi(リチウム)から、トリチウム(3H)が発生し、これもオフガスとして回収される。なお、トリチウムの量は軽水炉より多いが、重水炉と同程度であるので、技術的取り扱いは可能であり、定量的な検討については、2.6節で記載した通りである。

 いずれにせよ、オフガス系の破損事故への対策が必要であるが、原子炉本体と違い、静的施設であるので、対応はそれほど困難ではないと考えられる。

(7)燃料塩調整設備の誤操作

 熔融塩炉固有の設備として、核分裂性物質やThを補給するための設備があるが、この設備で大量の核分裂性物質が投入されないように設計する必要がある。通常、この設備から炉心への流入量は炉内インベントリに比べ少なく、急激な反応度投入は起こり得ない。

 以上、DBAとして7項目を検討したが、原子炉施設の立地審査指針上の「最大想定事故」(Maximum Credible Accident:技術的見地からみて最悪の場合には起るかもしれないと考えられる重大事故のうち、一般公衆の線量が最大となる事故)としては、(3)の燃料塩喪失事故より、(6)のオフガス系の破損事故を選定する必要があるかも知れない。軽水炉では最大想定事故としてLOCA(冷却材喪失事故)およびMSLBA(主蒸気管破断事故)を選定しているが、熔融塩炉では(3)の燃料塩喪失事故の場合でも、ガス状FPが常に回収されており、さらに格納容器に封入されているので、原子炉施設外への放射能の放出は無いと考えられる。一方、回収されたガス状のFPが集積されているオフガス系統の破損事故は、原子炉施設外への放出としては厳しくなる事が考えられる。従って、ガス状のFPを安全に保持するオフガス系の設計が必要である。

5.過酷事故

  熔融塩炉の安全性のうち、DBAを越える事象としての過酷事故について考える。現在の国内での原子炉安全審査指針では、事故解析としてDBAを想定して原子炉を設計すれば十分であるが、海外展開する場合などでは、過酷事故についても想定する必要性が生じると思われる。以下に、DBAの検討で主要な事故であった(1)燃料塩流量減少事故、(2)反応度事故、(3)燃料塩喪失事故、などについて検討する。

(1a)燃料塩流量減少事故

 熔融塩炉において、一次系ポンプの全数停止事故時に、過酷事故として、さらにスクラム失敗や二次系ポンプの停止などを仮定すると、最終的に炉心崩壊や圧力容器/格納容器の破損に至る可能性がある。

 過酷事故としてスクラム失敗を仮定すると、ポンプ停止(流量減少)により、燃料塩温度が上昇する。そして、負の温度係数による負の反応度が投入される。これにより、中性子束(出力)が減少し、燃料塩温度が低下する方向に向かう。そして、最終的に反応度と温度がバランスした値に整定することになる。

  島津の計算(Ref.9)では、二次系(もしくは補助冷却系)が作動するとしているので、燃料塩入口温度は一定となっている。炉心での温度上昇を△Tとすれば、およそ  △TはP/Wに比例するので、W(流量)が定格値から1/10になることによる温度上昇(反応度減少)と、P(出力)が定格値から  1/10になることによる温度減少(反応度増加)とがバランスする事になる。

 具体的な解析結果について、島津は「全ポンプ停止時に流量はゼロになると仮定した解析によれば、10秒程度で10%程度の出力に低下する。これは出口温度が700℃から900℃に上昇するので、燃料塩の温度係数による負の反応度が入るためである。」と述べている。この後、温度反応度効果により出力は低下し続け、最後はゼロ出力となり、それまでの発熱が積算された温度で原子炉は停止するはずである。

 なお、島津の計算では考慮されていないが、実際には崩壊熱があるので、原子炉が停止後に、もしも除熱がないと、燃料塩温度は上昇し続ける。即ち、もし、一次系、二次系の流量が完全に停止したと仮定すると、崩壊熱により、燃料塩の温度は上昇し続け、ハステロイーNのクリープ限界温度(930度)、さらには融点(1370度)に達し、炉容器あるいは配管の破損に至る可能性がある。しかし、一次系の圧力損失が小さいので、自然循環により、冷却は可能である。また、二次系についても十分な高さをとれば、自然循環が期待できるので、二次系ポンプ停止事故にも対応できると考えられる。そして、各系統が自然循環すれば、炉心の熱は外部に排出できることになる。崩壊熱除去に関しては、一次系に崩壊熱除去系を設置することも検討する。なお、最後の手段として、燃料塩をドレインタンクに排出することにより、事故を終息させることも可能である。従って、過酷事故としての一次系/二次系ポンプ停止まで仮定しても、十分に安全である、と考えられる。

 なお、ここでは、流量が減少する事故を想定しているが、逆にポンプの誤起動時には低い温度の燃料塩が流入し、正の反応度が投入されるので、評価が必要である。これは軽水炉での、いわゆる「冷ループ誤起動」事象に当たる。これについては後で述べる。

 いずれにしても、燃料塩自身の温度係数は−3X10−5(△k/K/℃)程度であり、この値が急速な出力上昇や温度上昇を抑制するので、熔融塩炉における反応度や温度が関わる事故は厳しいものにはならない。なお、燃料塩の温度上昇は、熱伝達による黒鉛の温度上昇をもたらし、黒鉛の温度係数が+1X10−5(△k/K/℃)程度の正の値であるので、燃料塩の温度係数による負の抑制効果は多少、割り引かれることになるが、これは時間的にゆっくりした事象であり、また、100℃上昇で+0.1%△K程度と僅かであるので、大勢には影響しない。

(1b)流路閉塞事故

 なお、流量減少に至る他のシナリオとしては、異物による流路閉塞がある。そもそも、燃料塩流路は直径10cm程度と大きいので、流路閉塞は考えにくいが、三田地らの解析(Ref.10)により、燃料塩の流路(チャンネル)のうち、20チャンネルで同時に流路閉塞しても、反応度変化および原子炉出力変化は小さく、スクラムを仮定しない場合でも、燃料塩の温度は300℃程度の上昇で平衡に達する、との結果が得られている。実際には、スクラムによる原子炉停止が可能であるので、流路閉塞は問題とはならないと考えられる。



(2)反応度事故

 熔融塩炉の遅発中性子割合(β)は0.1%△Kと、軽水炉の1/5であるので、投入反応度が小さくても、結果が厳しくなる可能性がある。

 反応度事故として最も大きい反応度投入が予想されるのは、前出の、冷ループ誤起動事故であろう。この時は、正の温度反応度が投入されるが、100℃の燃料塩温度低下で 0.3%△Kであるので、3ドル程度の反応度事故となる。

島津の解析(Ref.11)では、「ゼロ出力或いは全出力時に、3ドルの反応度投入を仮定し、さらにスクラム失敗を仮定しても、燃料塩の負の温度係数が大きいので、燃料塩の最高温度は1200℃以下である。なお、炉容器の温度が燃料塩の温度と同じと仮定しても、ハステロイーNの融点(1370℃)は越えてない」との結果を示している。従って、反応度事故についても十分に安全である.


(3)燃料塩喪失事故(配管破断事故)

 元々、熔融塩炉では熔融塩の圧力が5気圧程度と低く、また水分も存在しないことから、配管破断の可能性は非常に低く、配管破断による燃料塩喪失事故を想定する必要はないと考えられる。従って、ここでは、過酷事故としての評価を仮に行なったとした場合を想定する。

  軽水炉でのDBAとしての事故解析では、配管破断などのLOCA(冷却材喪失事故)時にスクラムを仮定するが、過酷事故としてはスクラム失敗を仮定する。しかし、熔融塩炉では、この場合でも、破断部からの流出燃料塩は全てドレイン系で回収できる設計とするので、問題はないと考えられる。

 但し、過酷事故としては、さらにドレイン設備での冷却系の不作動も仮定するので、崩壊熱の長期冷却のため、自然放熱等を前提とした設計を検討する必要がある。この場合でも、燃料塩の融点以下になれば、燃料塩は固体となるので、いわゆるチャイナシンドロームは考えなくて良いであろう。

 軽水炉で過酷事故として最悪のシナリオは、炉心熔融→圧力容器破損→格納容器破損→チャイナシンドローム/大量の放射能放出、というものである。

 熔融塩炉の過酷事故シナリオとして、圧力バウンダリの破損により、燃料塩が流出する事は考える必要がある。しかし、適切な冷却設備を有するドレイン設備を設計することにより、格納容器の健全性は確保される。従って、熔融塩炉では、軽水炉のような格納容器破損→チャイナシンドローム/大量の放射能放出、という過酷事故シナリオは防止できると思われる。

  また、燃料塩は適切な量の黒鉛のない所では、核分裂性物質の濃度が低いため、臨界になり得ないので、再臨界事故は発生しない。なお、格納容器内は窒素ガスなどを封入しており、水分がないので、過圧による格納容器破壊の危険性は殆どない。さらに、熔融塩炉では気体FPは常に回収されているので、万一、放射能流出があっても、その量が少ない点も優れている。

(4)減圧事象解析

 熔融塩炉の一次系には、体積で0.2%程度のヘリウムガス泡を封入・循環させて、キセノン・クリプトンなどの気体状FPを常時回収する設計となっている。ヘリウム封入量を仮に0.3%、原子炉内圧を5気圧とすると、配管破断時には1気圧に減圧するので、ヘリウム体積が約5倍に膨張する。この時の解析結果によれば、投入反応度は0.11%dK、すなわち熔融塩炉の実効的な遅発中性子割合は0.13%dKなので約0.8ドルであり、核的事故の目安である1ドルを越えず、異常過渡事象に分類され、結果は厳しいものではないと予想される。実際、解析結果では、燃料塩の温度上昇は60度にすぎず、安全上の問題はないことが分かっている(Ref.12)。

6.核拡散抵抗性(Ref.13)

 核物質に対する防護は、広い意味では安全問題なので、詳細は別途とし、ここで多少述べる。熔融塩炉の核物質は(500℃以下では固体状の)U233弗化物である。U233はガンマ線の強いU232を同伴するので、国家レベルの犯罪は別として、集団あるいは個人で、原子炉内または輸送中の燃料塩を奪取・逃走したとしても、容易に検知できる。また、燃料塩を盗取したとしても、U233を化学分離し、爆弾製造するには放射能が高く、困難が予想される。しかも、U233爆弾は今まで一度も製造・実験されたことがなく、政治的な威嚇効果が余り期待できない。もっとも、U233の反応度(正確にはイータ、すなわち再生率)はU235より大きいので、爆発するのは確かである。また、使用済みの燃料塩を奪取して、放射能散布爆弾として使用することは可能だが、核分裂生成物(FP)の高放射能があるため、さらに取り扱いが困難である。

 一方、国家レベルであれば、原子炉から燃料塩を取り出し、高放射能取り扱い施設があれば、U233を分離し、核爆弾にすることは可能であろう。しかし、上記のように威嚇効果が不明であるし、そもそも国家レベルなら、インドや北朝鮮のように、天然Uを中性子照射して化学分離したPuを用いる方が、Puの放射能が弱いので、核爆弾製造上は容易であり、検知もされない。

 また、原子炉テロへの抵抗性に関しては、熔融塩炉では、過酷事故の項目で述べたように、一次系内の気体状FPを常に回収しているので、一次系が破壊されても放射能の飛散が少なくてすむ、という利点がある。また、炉内の燃料塩は、炉心より下方のドレインタンクに回収されるので、外部からのテロ攻撃には安全である。また、回収された燃料塩は、黒鉛がない限り臨界にならないので、再臨界による破局の恐れがない点も優れている。

 テロリストが原子炉建屋に侵入し、ドレインタンクや、ドレインタンク冷却装置を破壊した場合には、タンクが破れ、燃料塩がさらにタンク室に広がるが、最終的には融点(約500度)以下になると固体化してタンク室にとどまるので、チャイナシンドロームのような破局の恐れはない。なお、回収されている気体FPに対する防護としては、堅固な容器に封入するか、チャコールなどに固定化しておくことが考えられる。

7.まとめ

 本資料では、最初に熔融塩炉の安全性の特徴を示した。また、安全確保の考え方を軽水炉と比較する形で整理した。即ち、原子炉停止機能・原子炉冷却機能・放射性物質格納機能について各々検討し、軽水炉と同程度以上の安全性が見込まれることを示した。また、熔融塩炉についての想定事故を検討した結果、十分に安全であると判断された。さらに、過酷事故についても検討した結果、実質的に過酷事故の発生が考えられない安全な原子炉であると考えられる。

引用文献:
Ref.1) 三田地紘史ほか「燃料塩流量操作による3炉心熔融塩炉の出力制御に関する研究」春の原子力学会、2007年

Ref.2) 三田地紘史ほか「3領域炉心熔融塩炉の非定常特性」伝熱シンポジウム、2006年

Ref.3) 三田地紘史ほか「熔融塩炉1次系に生じる崩壊熱による自然循環流れ」伝熱シンポジウム、1998年

Ref.4) 日本原子力学会研究専門委員会報告書「熔融塩増殖炉」1981年
    原典は R.C. Robertson,「Conceptual Design Study of a Single-fluid Molten-Salt Breeder Reactor」ORNL-4541、1971年.

Ref.5) ORNL-4812 「The Development Status of Molten-Salt Breeder Reactors」1972年

Ref.6)Yoichiro Shimazu et al.「Reactivity-Initiated-Accident Analysis without Scram of a Molten Salt Reactor」J.Nucl.Sci.Tech.、2008年

Ref.7) Damien Christophe「Investigations on enhanced nuclear fuel utilization in light water reactors by mixing of uranium and thorium based heavy metals」2009年

Ref.8) Yoichiro Shimazu et al.「Proposals of a Preliminary Safety Criterion of MSRs for Abnormal Transients」Thorium Energy Conference 、2010年

Ref.9) Yoichiro Shimazu「Locked Rotor Accident Analysis in a Molten Salt Breeder Reactor」J.Nucl.Sci.Tech.、1978年

Ref.10) 三田地紘史ほか「小型熔融塩炉の流路閉塞事故時の過渡応答」日本機械学会論文集, 2005年

Ref.11) Yoichiro Shimazu「Nuclear Safety Analysis of a Molten Salt Breeder Reactor」J.Nucl.Sci.Tech.、1978年

Ref.12) Yoichiro Shimazu「Safety Analysis on De-pressurization Accident of a Molten Salt Reactor」ICAPP-03、2003年

Ref.13) IAEA-TECDOC-1536、P.821-856「Status of Small Reactor Designs Without On-Site Refuelling」2007年


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