熔融塩原子炉の反応度係数 


 熔融塩炉は、熱中性子炉の分類ですが、従来の軽水炉と異なり、反応度係数の点で次の特徴があります。
@軽水炉のようなウラン燃料と異なり、トリウムを主体とした燃料である。
A減速材が軽水ではなく、黒鉛である。
B燃料が液体(フリーベ)である。

1)ドップラー係数
最初に、トリウムを使用したことにより、原子炉の安全性に重要な役目を果たすドップラー係数について、調べました。ドップラー係数とは、燃料の温度が上昇した時に中性子の共鳴吸収が増加することによる負の反応度の指標です。

日本原子力学会誌に下記の論文があります。
「トリウム燃料サイクルの研究開発と動向」日本原子力学会誌, Vol.47,No.12(2005)

232Thと238U の主要な核的定数を第8 表に,中性子捕獲断面積のエネルギー依存性を第3図に示す。238U と比較した場合,熱領域での吸収断面積がおよそ2.7倍,共鳴積分が1/3である。なお,実効共鳴積分として考えると,238U の共鳴自己遮蔽効果が232Th のそれよりも大きいために,両者にはあまり差はないことに注意すべきである。共鳴領域での断面積の違いはドップラー反応度に影響し,低エネルギー側に巨大共鳴をもたない232Th の方が一般的に不利となる

8表 232Thと238Uの主要核定数(JENDL3.3に基づく
核定数              232Th  238U
捕獲0.0253eV 断面積(b)  7.400   2.717 
Maxwell分布平均断面積(b)     6.545   2.414 
共鳴積分(b)            84.94   278.1 


下記の文献に軽水炉での計算結果が出ています。
INEEL/EXT-02-01411「Advanced Proliferation Resistant, Lower Cost, Uranium-Thorium Dioxide Fuels For Light Water Reactors」2002年

Th炉心のドップラー係数は、ウラン炉心(U235+U238炉心)に比べ、約6割、負側に大きい結果となっています。初期炉心で、-2.7E-5が-4.4E-5になっています。この解析では、フィッサイルはTh炉心も初期はU235です。また、Th量を75%から55%まで変化させていますが、余り差は見られません。なお、燃焼と共に負側に大きくなるのは、Pu240の生成のためと思われます。

念のため、もう一つドイツの文献を示します。運転初期で-2.3E-5が、Th量72%で約-4.2E-5と、8割程度、負側に大きくなっています。
「Investigations on enhanced nuclear fuel utilization in light water reactors by mixing of uranium and thorium based heavy metals」2009

 


また、ORNL-4541「MSBR概念設計書」だと、
Doppler coefficient = -4.37E-5dk/k/T
とあるので、トリウム炉心のドップラー係数は、この程度でしょう。


以上からすると、断面積だけを眺めて「Thのドップラー係数は小さい」と書いた学会誌記事は不適切で、「トリウム炉心のドップラー係数は、ウラン炉心より5割以上、負側で大きい」ということです。
この理由は不明ですが、トリウムの熱中性子吸収が大きいので、スペクトルが高い方にシフトしているのかも知れません


2)反応度係数

 FUJIの温度反応度係数は、設計によって多少異なりますが、島津らの計算では、下表の通りです。
.「Reactivity-Initiated-Accident Analysis without Scram of a Molten Salt Reactor」J.Nucl.Sci.Tech.、2008年
下表に示す燃料塩の温度係数は、基本的にTh232のドップラー係数であり、燃料温度が上がると、中性子の共鳴吸収量の増加(ブロードニング)により、Th232への中性子共鳴吸収量が増加して、反応度が減少する効果です。反応度事故などの短時間の事象については、燃料塩の温度係数が支配するので、この値が重要です。

一方、黒鉛の正の温度係数については、熔融塩の温度が上がり、それが黒鉛に熱伝達されて黒鉛温度はゆっくり上昇します。そして、黒鉛温度が上がると、黒鉛から熱中性子に熱エネルギーが供給され、熱中性子スペクトルが高エネルギー側にシフトし、反応度が増加します。その原因は、2eV付近のU233の核分裂が増加する為とされています。この効果は時間的にゆっくりしたもので、事故解析結果から明らかなように、オーバーシュート・アンダーシュートなどの異常な挙動は見られません。

FUJI-12炉心の例
燃料塩温度係数 -2.95e-5 (dk/K/℃)
黒鉛温度係数 +1.30e-5
(合計) (-1.65e-5)

また、ORNLのMSBR概念設計書(ORNL-4541のP35)によると、温度が1度、上昇することによる反応度変化(温度反応度係数)の内訳は下記のように解説されています。
  ドップラー効果は、トリウムの共鳴中性子吸収が増加することによるもの。
  燃料塩・熱ベース効果は、燃料への熱中性子吸収が減り、反応度が増加する効果。
  燃料塩密度効果は、燃料塩の膨張によりトリウムの自己遮蔽吸収が減少し、反応度が増加する効果。
熔融塩 -3.22e-5 dk/K/ ドップラー効果  -4.37
燃料塩・熱ベース効果  +0.27
燃料塩密度効果  +0.82
黒鉛 +2.35e-5 黒鉛・熱ベース効果  +2.47
黒鉛密度効果  -0.12
(合計) (-0.87e-5)

なお、MSBRは燃料割合が13%で、黒鉛割合は87%と大きい設計となっており、(正の)黒鉛効果が大きく出ています。
一方、FUJI設計は燃料割合を平均37%と大きくし、黒鉛割合を63%に減らしており、黒鉛効果が小さくなっています

熔融塩炉の反応度係数について疑問の声があるようですが、上記の島津らの評価のほか、三田地らの評価や、ORNLにおけるMSRE実験炉での測定データから、十分な負の値であることは間違いありません。




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