溶融塩炉におけるタリウムの問題(Thallium208) 

2014年になって、ある市民の方から「熔融塩炉(Thサイクル)ではタリウム208(★)ができるので、放射能が強烈で、再処理が困難ではないか?」という質問を貰いました。
(★:トリウムThoriumと紛らわしい名前ですが、タリウムThalliumです)
トリウムが中性子を吸収して出来る微量のU232が何度か崩壊して出来るのがタリウム208(Thallium208)で、2.6MeVという強いガンマ線を出します。U232の半減期が70年なので、その頃がピークとなります。

ただ、上の質問は「軽水炉(濃縮ウラン)ではタリウムが出来ないので放射能は弱く、再処理が容易」と誤解されているようです。
さらに「タリウムが出来ると再処理が困難になる位だから、熔融塩炉では運転時も放射能が強烈で、運転や保守が困難ではないか?」と誤解されているかも知れません。

1)運転時:
タリウム208はどれ位寄与しているか、計算結果を調べました。
100万kWeの大型発電所には約100トンの燃料(トリウム燃料の場合、ThとU233など)があります。
100トンの中に含まれるタリウム208は、約20グラムです。
しかし「いくら少なくても、強い放射能があるのでは?」と思われるかも知れません。何しろ、半減期が3分と短い、ということは、短い時間に沢山、放射線を出す訳ですから。
ところで、100トンの燃料の放射能は約5億キューリーです。(ベクレルに換算するには、3.7e10を掛けて下さい)
チェルノブイリではこの殆どが放出されました。福島原発では、原子炉から、この1/10が放出され、残りは今も、復旧作業を妨げているわけです。
上記の20グラムのタリウム208の放射能は約5万キューリーです。つまり、原子炉中の全燃料の放射能の1万分の1の寄与しかない、ということです。
タリウム208は原子炉の運転や保守に何の影響もない」ということがお分かり頂けると思います。

再処理時:
福島原発では、事故後3年たっても、人間が近づけません。使用済み燃料に近づくと、短時間で死んでしまう強い放射能があるからです。強い放射能とは、半減期が短い元素(核種)です。つまり、核分裂生成物(FP;Fission Product;いわゆる死の灰)です。
FPは核分裂する限り、発生します。トリウム燃料も同じです。特にトリウム燃料だから多いということはありません。

なお、熔融塩炉は熱効率が軽水炉より3割高いので、同じ発電量で比べると、FPの発生量は軽水炉より3割少ない、ということになります。
即ち、同じ100万KWeの発電所なら、核分裂もFP生成量も3割少ないので、ガンマ線量も3割少ないとも言えます。

上述のように、100トンの燃料の放射能は、軽水炉の濃縮ウラン燃料でも、トリウム熔融塩炉の燃料でも、運転時は約5億キューリーです。
使用済み燃料の放射能は、軽水炉の使用済み燃料に近づけないのと同じように、トリウム熔融塩炉の熔融塩も近づくことは出来ません。
では、軽水炉燃料は何故、再処理が出来るのでしょうか?
それは、FPは短い時間で減衰し、かつ、遠隔操作で処理するから再処理が可能なわけです。青森県の再処理施設では、原子炉から取り出して10年位で再処理が可能です。
熔融塩も同様の時間が経てば、遠隔で再処理できるようになります。

軽水炉燃料は原子炉停止後10年位で再処理しているのですが、その時の放射能はかなり減衰して、100トンで約1千万キューリーです。
トリウム燃料を10年後に再処理したとすると、100トンの燃料の中のタリウム208の放射能は約1万キューリーですから、1/1000の寄与です。
軽水炉燃料は世界中で商業的に再処理されています。放射能が1/1000増加した所で、何の影響もありません。
また、ガンマ線のエネルギーは勿論、影響しますが、福島事故を見ても、3年経っても誰も近づけません。軽水炉燃料も高いエネルギーのガンマ線を出しています。放射能が1/1000増えても、タリウム208によって再処理工場には何の影響もありません。

新燃料輸送時:
再処理工場で熔融塩燃料を再処理し、ウラン233を分離した場合、原子炉へ戻す際、つまり輸送する時は遮蔽が必要です。一方、軽水炉の新燃料は遮蔽は不要です。
しかし、軽水炉燃料も使用後10年で、つまり強い放射能のある状態で再処理工場へ輸送している訳です。
ウラン233の輸送に問題があるはずがありません。

では、なぜ古川和男著書の「原発安全革命」にタリウム208の事が強調されているか?については、上記のように、タリウムは再処理工場では扱えるものの、例えば使用済み熔融塩やウラン233をテロリストが盗んでも、強い放射線を出す物質を扱って原爆を作るのは困難ですし、また盗んでも検知されてしまいます。
一方、プルトニウムは、ガンマ線を殆ど出さないので、扱いが容易で、検知不可能です。

結論:
最初の質問は、古川本が核防護の点を強調しているのを、原子炉や再処理の問題のようにすりかえている訳です。
上記のように「トリウム熔融塩炉では、タリウムによって運転や保守に問題が起きることはなく、一方、核防護の点で優れている」ということがお分かり頂けると思います。

2014年6月記。
2021年に計算値を少し見直した。





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